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メスシロキチョウの仲間

台湾に採集に行った人はメスシロキチョウのオスのオレンジ色の斑紋の見事な光沢に魅せられたと思う。オスは集団で水場に集まることがあり、採集するのは難しくないが、メスはなかなか得られない、行動がオスとは異なっているらしい。

この仲間は沖縄にも分布しない。台湾にはいるが、独立の特産種とされ、中国南部やインドからフィリピンまでの東南アジアには16種生息している(塚田編:東南アジア島嶼の蝶による)。しかし、分布が狭い種類も多く、全体をみるのは容易でないので、私が採集できた一部をご紹介しよう。

Ixias  insignis 台湾産メスシロキチョウのオス



標本は台湾中部の埔里で採集したオスの写真である。濃い茶褐色の縁取りがあり前翅にはオレンジ色の斑紋が鮮やかで、後翅はこの薄黄色になっている。裏側は黄色で、黒い斑点があり、あまり目立たない。裏面の写真を次に示す。



このチョウのメスは台湾中部で探したが、採集できなかった。オレンジ色も黄色も無く、白い地になっているはずだが、ここでお目にかけられないのは残念である。
白水隆著「原色台湾蝶類大図鑑」(1960)にはこのチョウはIxias pyrene insignis の学名で、中国南部からインドまで分布する種の台湾亜種とされていた。しかし、その後この種は台湾特産の独立種とされ、日本産蝶類標準図鑑(2006)ではIxias insignis と台湾特産種とされている。では次にIxias pyrene という種を調べて見よう。

Ixias pyrene verna ピレネメスシロキチョウ(ラオス産)

Ixias pyrene は塚田編の{東南アジア島嶼の蝶}ではメスシロキチョウの和名になっているが、台湾産のものを特産種として独立させるとこちらもメスシロキチョウなので、学名の種名を付けて、ピレネメスシロキチョウと区別しておく。

このチョウは中国南部からインド・セイロンまで広く分布し、タイ・ラオス・マレー半島まで見られ、15亜種があるとされる。

ラオスには北の方に中国と共通の亜種yunanensisが分布するとされ、平地に産するこのverna の2亜種がいるとされている。メスシロキチョウの仲間では最も分布が広く、各地のものも調べたいが、標本箱にはラオス産のみだった。図鑑には雨季と乾季では黒褐色の縁が変化し、乾季では細く目立たなくなるとされている。
生息地に寄って変動も大きいらしいので、他の地域の仲間も調べて見よう。

 
Ixias reinwardi baliensis レインワルディメスシロキチョウ インドネシア バリ島産

このメスシロキチョウはオス・メスともに採集できたので、この写真を示す。

左はオスの表面             右はオスの裏面

この標本はバリ島の空港に近いクタという街中の空き地で得られた。牛が繋いである草地の廻りで、飛んでくる白いチョウの中に本種が見られ、汗をかきながら網を振った。

台湾産に比べるとオレンジの範囲は狭く色も薄い、表面に黄色の範囲は見られない。しかし裏面は台湾産のものに似ている。インドネシアのジャワ西部からバリ、小スンダ列島に分布している。草原など開けた場所を好み、各種の花に集まる。

次に、この種はメスも得られたので。その写真を示す。

左はメスの表面             右はメスの裏面

 

メスはオレンジ色の斑紋はなく、地色は白で、前後翅とも黒褐色の縁取りがある。裏面は前翅に薄い黄色があるが、後翅は白に近く茶色の斑点が少しある。

 

次に同じ種類だが、ロンボク島で採集されたオスの写真を見て見よう。亜種が違うとされている。学名はIxias reinwardti lombokiana レインワルディメスシロキチョウ、ロンボク亜種である。

 Ixias reinwardii lombokiana レインワルディメスシロキチョウ ロンボク亜種

 

左オスの表面              右 オスの裏面

バリ島産の亜種に比べて、前翅の黒い條は太く、後翅の外側の黒い縁も幅広い。裏面も似ているが、黒い斑紋がはっきり見える。バリ島とロンボク島は隣りあった島で、50㎞ぐらいしか離れていない。しかしロンボク海峡は深く、生物の交流は少なかったらしく、生物地理上の東洋区とオーストラリア区の境界を示すウオーレス線はここを通る。

次に分布の狭い種類を調べて見よう

Ixias paluensis パルエンシスメスシロキチョウ(パルメスシロキチョウ)

左 オスの表面              右 オスの裏面

このチョウはインドネシアのスラウェシ島中部で、マカッサル海峡に面したパルという港町がある。この周辺の範囲にだけ生息する種類で、珍しい種類とされ、特にメスは得にくいとされている。私もマカッサルからパルに空路で行き、3日滞在したが、このチョウは草原状の環境で見られ、熱帯雨林には見られなかった。得られたのはオスのみで、メスは見られなかった。レインワルディメスシロキチョウに比べ、茶褐色の縁が幅広くなり、白い部分が狭くなっている。前翅表面のオレンジ色の斑紋も小さく目立たない。裏面は一様に黄色で、斑紋がほとんど見られない。
分布が狭い範囲に限られるため、亜種については知られていない。

次もスマトラ島北部の山地にだけ分布する、種類である。

Ixias flavipennis フラビペンニスメスシロキチョウ

まずオスの表側を写真でお目に掛ける。これまでの3種とは違いオスでもオレンジ色の斑紋が無い。翅脈の上が黒い筋になることも無い。この点からもメスシロキチョウの仲間としては変わった形のチョウである。分布はインドネシアのスマトラ島の北部の高原地帯である。スマトラのカロヒルという高原地帯で、カワカミシロチョウやタイワンキチョウなどが集まる砂地にオスは吸水に来ることがあり、採集できた。しかしメスは少なく採集できなかった。

次にこのチョウの裏面の写真を紹介する

このチョウの裏面を見ると、メスシロキチョウの仲間らしい斑紋があり、表面は変わっていてもこの仲間であることが判る。しかし、メスは得られなかった。

Ixias vollenhovii ボレンホビイメスシロキチョウ(チモールメスシロキチョウ)

もう1種インドネシアのメスシロキチョウの仲間を調べて見よう。これはスンダ列島の東に位置するチモール島の特産種である。鮮やかなオレンジ色の斑紋を持っている。
チモールには行ったことが無く、現地に詳しい出谷博見さんから分与を受けた標本である。

一見すると、台湾産のメスシロキチョウIxias insigneに似ているが、後翅外縁の黒褐色の縁の内側や支脈にそう黒い條に違いがみられる。次にこのチョウの裏面を見ておこう

裏面の地色は薄い黄色で、黒い斑点が散在し、この仲間らしい特徴をもっている。

この仲間を見ると、分布が中国南部からインドまで、南はマレー半島までと広いピレネメスシロキチョウが中心で、これは生息地によって15もの亜種に分けられている。ここで取り上げた、これ以外の種は比較的分布範囲が狭く、それぞれの環境に合わせて分化したもののようである。種の分化について論じているわけではないが、その要因などを考える材料になる可能性はあるように思われる。